ウェルビーイング

【臨床心理士が解説】ウェルビーイング推進にあたり知っておきたいこと

皆さんこんにちは。リーディングマーク組織心理研究所の佐藤映と申します。臨床心理士・公認心理師としての専門性と、大学教員の経験を活かして、人と組織の支援をしています。

昨今のHR領域では、時代の変化に伴う働き方の変革の流れの中で、「ウェルビーイング」という言葉が注目を集めています。ウェルビーイングとは、「持続的な幸福感」を感じている状態を指しますが、働く人が自ら充実したキャリアを歩み、幸福に働けるような組織づくりが世界的に推進されています。

ウェルビーイングの流行の背景や、推進するメリット、企業事例などの詳細は、下記の記事をご覧ください。

そんな「ウェルビーイング」が推進されることは、耳障りの良いことに思えますが、一方で注意しなければならない点も存在します。今回は、そんなウェルビーイングの推進が引き起こすメリットと注意点について、臨床心理士として、また性格診断や組織サーベイの設計者・実践研究者としての立場から記事を執筆しました。ぜひ様々な方にご一読いただければと思います。

ウェルビーイングの構成要素とメリット

PERMAモデルと仕事上の体験

先にご紹介した記事でもまとめられていますが、ポジティブ心理学者の第一人者であるマーティン・セリグマン教授は、ウェルビーイングの構成要素を「PERMAの法則」という理論でモデル化しました。

P(Positive Emotion):喜びがある、歓喜する、快適である、温かみを感じる

E(Engagement):没頭する、夢中になる、積極的に取り組む

R(Relationship):人を助ける、人を援助する、人から援助される

M(Meaning):人生に意義がある、生きる意味を感じる、何か大きなものと関わる

A(Accomplishment):達成する、勝利する、名声を求める

参照:Seligman,M.(2011). Flourish: A New Understanding of Happiness and Well-Being – and How to Achieve Them. Nicholas Brealey Publishing.(日本語訳:筆者)

各要素が向上することで、幸福度や充実感が増し、ウェルビーイングな状態になるとされています。これらを仕事に置き換えて考えてみると、以下のように考えられます。

  • P(Positive Emotion):仕事が楽しい、褒められて嬉しい、仕事をして気持ちが良い
  • E(Engagement):仕事に夢中になる、やる気が出て、意欲的に取り組める
  • R(Relationship):チームで助け合って働ける、人の役に立てる、相談に乗れる
  • M(Meaning):仕事にやりがいがある、自分の存在価値を感じられる
  • A(Accomplishment):目標達成できる、諦めずに取り組める

ウェルビーイングな働き方が出来ている状態というのは、上記の5つの要素が満たされている状態と置き換えることが出来ます。自分の仕事にプラスの感情を持って、チームで助け合いながら自分の存在価値を感じ、夢中になって取り組むことで、達成やポジティブな成果が生まれる。それらの喜びを分かち合い、自分たちで将来を作っていく、このような思いを促進し、持続させることが、ウェルビーイングな働き方につながります。

では、より具体的には、それはどのように推進され、またその結果、どんなメリットが生まれるのでしょうか。それを考えるために、JD-Rモデルについてご紹介します。

エンゲージメントの向上要因とJD-Rモデル

エンゲージメントという概念は、学術的には「ワーク・エンゲイジメント」と呼ばれ、様々な角度で研究が行われています。

ワーク・エンゲイジメントの定義

「ワーク・エンゲイジメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる。エンゲイジメントは、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である。」

引用:
・Schaufeli W.B., Salanova M., Gonzalez-Romá V., et al. (2002). The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmative analytic approach. Journal of Hapiness Study, 3, pp.71-92.
・Schaufeli W.B., Bakker A.B. (2004). Job demands, job resources and their relationship with burnout and engagement: A multi-sample study. Journal of Organizational Behavior25, pp.293- 315.
(日本語訳:島津明人(2016)ポジティブメンタルヘルスとワーク・エンゲイジメント ーストレスチェック制度の戦略的活用に向けてー, 総合検診, 43(2), pp.22-27.)

ワーク・エンゲイジメント、すなわち自分が関わっている仕事にエネルギーを注ぎ、集中して取り組める状態は、一時的・部分的な仕事だけではなく、日々の業務に対して全体的・持続的な状態を表しています。

このワーク・エンゲイジメントに関連する要因については、「仕事要求度ー資源モデル(JD-Rモデル)」という理論が参考になります。JD-Rモデルでは、ワーク・エンゲイジメントを高める要因として

  • 仕事の資源
  • 個人の資源
  • 仕事要求度

という概念が影響します。

JD-Rモデル(Bakker & Demerouti,2007,2008を元に筆者作成)

参照:
・Bakker,A.B. & Demerouti, E.(2007). The job demands-resources model: state of the art, Journal of Managerial Psychology, 22, pp 309-28.
・Bakker,A.B. & Demerouti, E.(2008). Towards a model of work engagement, Career Development International, 13(3), pp.209-223.

「仕事の資源」は、仕事をすることで得られるエネルギー源になるものです。例えば、自己裁量で仕事をコントロールできる度合いや、成果に対して適切なフィードバックがもらえる度合い、困った時に相談窓口が在るかどうか、適切な評価がもらえるか、といった、仕事をする上での力になるようなことを指しています。

一方で「個人の資源」は、個人が持つ心理的な資源です。例えば、物事を前向きに捉え、プラス面に注目しやすい傾向(楽観的)だったり、自分が努力した効果が結果に反映されると認知しやすい傾向(自己効力感)など、個人の考え方・価値観を指しています。

JD-Rモデルでは、これらに加えて、適切な仕事要求度(仕事の忙しさやプレッシャーの度合い)が重なり合って、ワーク・エンゲイジメントが高まると言われています。

つまり、高いワーク・エンゲイジメントを維持し、より仕事に熱意を持って没頭できるようになるためには、適切な裁量で納得感を持って働き、成果を出せばフィードバックや評価がもらえ、困ったときには助けを求められるような環境であることや、個人が物事をプラスに捉えて、努力の成果を信じて取り組める環境であることがポイントになります。

高いワーク・エンゲイジメントを維持することで、個人や組織に取ってより良いアウトプットがあります。例えば、役割ごとのパフォーマンスが向上したり、役割を超えた(当事者意識を高く持った)パフォーマンスを出せたり、創造性が高まったり、組織のことが好きになったり、といったポジティブな効果です。これがまた仕事の資源につながり、良い循環が回ることで、仕事におけるポジティブな感情やエンゲージメントが高まり、人間関係も豊かになり、達成するためにやりがいを持って取り組めるというウェルビーイングの要素が高まる素地になります。

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組織におけるウェルビーイング推進の注意点

幸福は副産物

ウェルビーイングを高める仕組みとメリットとして、JD−Rモデルを紹介しながら解説しました。しかしながら、逆にウェルビーイングを意識しすぎてしまい、「ウェルビーイングな状態を目指すこと」を直接の目標に置いてしまうことにはリスクもあります。

“Happiness is an epiphenomenon, a by-product, something not to be sought directly but an indirect reward for virtue. . . . The only happy people I know are the ones who are working well at something they consider important.”

「幸福は副次的な現象であり、直接求めるべきものではなく、徳に対する間接的な報いである. . . 私が知っている幸せな人たちは、自分が重要だと思うことにうまく取り組んでいる人たちだけだ。」

引用:Maslow, A.H. (1965). Eupsychian management. Richard D. Irwin and Dorsey Press.(日本語訳:筆者)

「欲求段階説」で有名な心理学者のアブラハム・マズローは、「幸福は副次的な現象」と言っています。ウェルビーイングな状態を高い山と捉え、それを目指すべき直接的な目標に据えてしまうと、逆に現状の幸福感が薄くなってしまい、ウェルビーイングな状態が低下してしまいかねません。

「みんなで幸せになろうよ!」というメッセージは、熱量を強制し、温度差を生むことがあります。まるで今現在は幸せではないかのようなプレッシャーを感じたり、本当は苦しみを抱えて働いている人にとっては、声を上げにくくなったり、ただの上辺だけの施策や茶番のように響くかもしれません。

楽しく幸福な働き方には、個人差があります。JD-Rモデルで「個人の資源」があるように、価値観や考え方によって、「何が幸せなのか」は変わってきます。ウェルビーイングな状態は、一人ひとりが自分にとっての満足のいく働き方が出来ていている状態が大切であり、「高い熱量」が好きな人もいれば、「ほどよい熱量」が幸福な人もいます。個人にとって最適な働き方が支援され、納得感の高いマネジメントが受けられれば、その結果として全体のウェルビーイングは自然に高まっていくものです。

個性に合わせたマネジメントの大切さ

福利厚生の充実や、適性な評価・給与をもらうことも重要ですが、ウェルビーイングな働き方にとって最も大切なのは、「適切なマネジメントが受けられること」です。PERMAの各項目を高めるためには、ひとりひとりの業務上の不満が解消され、ポジティブで適切な人間関係の中で、自分なりの目指す目標が達成され、その結果としての個人のエンゲージメントが高まることが必要です。

日本の離職や休職の原因として最も影響力が大きいのは、「上司との人間関係」です。上司が納得のいく評価をしてくれない、困った時に助けてくれない、ポジティブな声掛けをしてくれない状態では、エンゲージメントは下がり、ウェルビーイングも保たれません。管理職のマネジメントスキルを高めることが、メンバーのウェルビーイングを高める重要な要素であると言えます。

一方で、すべてを管理者のスキルに任せてしまうことは、管理職のウェルビーイングを高めることにつながらず、それは組織全体にとってリスクになります。マネジメントを請け負う管理職もまた個人であり、納得の行く評価をうけながら、適切なヘルプを挙げられる環境を作ることが何よりも大切です。「メンバーを適切にマネジメントするには、自分が適切にマネジメントされた経験が必要」だと思います。

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甘やかしとは違う:心理的安全性について

ウェルビーイングを担保しよう、というメッセージは、「単なる怠けではないか」とか「甘やかしではないか」と考える方もいると思いますが、それは全く異なります。むしろ「適切な目標を目指し、ほどよいハードルの中でエンゲージメントを高く保つこと」や「自分らしく努力して達成感を味わうこと」こそが重要といえます。

そのためには、組織やチームに「心理的安全性」が備わっていることが大切になります。「心理的安全性」とは、「個人がリスクのある行動をとっても非難されないという安心感が共有されている状態」を指しています。

“A shared belief held by members of a team that the team is safe for interpersonal risk taking.” (このチーム内では、対人関係上のリスクをとったとしても安心できるという共通の思い)(Edmondson,1999)

引用:Edmondson,A.C.(1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams, Administrative science quarterly, 44(2), pp.215-239.(日本語訳:筆者)

心理的安全性の概念は、もともと医療チームのパフォーマンスに関する研究から発想されました。パフォーマンスの高い医療チームのほうが、ミスの報告が多いということがあり、原因を調べたところ、「ミスが適切に報告されるチームのほうが、パフォーマンスが高い」ということがわかりました。逆にパフォーマンスが低いチームでは、ミスは隠蔽され、報告されないということが起こっていたのです。(Edmondson, 2018)

参照:Edmondson,A.C.(2018). The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth., Wiley.(日本語訳:エドモンソン(2021)恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす, 英治出版.)

言いたいことを言っても大丈夫である、という感覚や、ミスが正しく共有され、生産的な議論が生まれ、目標達成に向けてよりよい状態をつくろうとするチームこそが、心理的に安全で、エンゲージメントや生産性を高く保つことが出来ます。逆に、権力のある社員が、新人社員を弾圧し、意見を封じ込め、トップダウンで指示するだけの組織では、エンゲージメントもウェルビーイングも高まりづらく、新しい人材を集めづらくなっていきます。

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おわりに

組織でウェルビーイングな状態をつくろう、という機運は、個人の仕事における生産性を高めながら、社会全体としても健康で充実した心理状態を推進する意味で、良い傾向であると思います。一方で、勘違いが伴うと、個人や組織にとって逆効果になってしまう可能性も秘めています。そこで、ウェルビーイング推進に関して意識すべき点を最後にまとめました。

測定だけ、ブランディングだけに終わらない

社外への広報や、ステークホルダーに影響力を出したい、という理由で、ウェルビーイングの状態を測定し、高めよう、という施策を行う企業も多いのではないかと思います。施策の実施はとても良いことだと思いますが、「測定するだけ」に終わってしまわないことが大切です。測定結果に対して、社内でどのような施策を打つのか、個人にどのようなサポートを提供するのか、その結果、ウェルビーイングの状態がどう変化するのか、まで本腰を入れて実施することが大切です。

現場理解を第一に

組織の規模が大きいほど、現場のウェルビーイングの状態は見えづらいものです。現場のひとりひとりの、仕事に対する満足度やエンゲージメントの状態がどうなっているのか、まずは現場社員の声をすくい上げることから始めましょう。ウェルビーイングはボトムアップに形成されるものです。ひとりひとりの仕事の資源や、個人の資源が担保されることで、ワーク・エンゲイジメントが高まり、ウェルビーイングな状態に近づいていきます。

本質的なウェルビーイングを

ウェルビーイングやエンゲイジメントの状態を測定していて起こりがちなこととして、「ウェルビーイングが低い社員が退職していった結果、ウェルビーイングの測定結果が高くなる」ということがあります。これは、一時的なウェルビーイングの高まりが観測されたとしても、組織の体質が変わらなければ、同じことが繰り返されます。満足度の低い社員、愚痴をこぼす社員が退職することで、社内の人間関係が変わり、また別の社員の満足度が下がることになります。

重要なことは、ウェルビーイングが低い社員はどうなれば満足しただろうか、退職した社員はどうすれば退職しなかっただろうか、と振り返り、組織を改善することです。もちろん、個人要因で離職や退職が生じることもあります。個人に原因を求めることは簡単ですが、組織改善の貴重なきっかけとして捉え、組織の原因を考え、成長につなげられることが、ウェルビーイングな組織づくりのベースになると思います。ウェルビーイングな組織を目指すことは、同時に自社組織の「あまり見たくない部分」に向き合い、振り返ることが大切になります。

「ウェルビーイングな組織を」「ウェルビーイングな社会を」という機運の裏で、充実感を持って働けていない多くの人々は、「また意識の高い人達がなにかやっているな」という温度差を感じずにはいられません。そのような人々の満足度をいかに底上げできるかが、組織や社会の幸福感を高めるカギだと私は考えています。

ABOUT ME
佐藤 映
株式会社リーディングマーク プロダクト企画室 組織心理研究所 所長
兼 組織開発事業部 シニアコンサルタント

臨床心理士・公認心理師。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。修士(教育学)。
京都文教大学で教鞭をとった後、2020年にリーディングマークに入社。
「ミキワメ」の性格検査、ウェルビーイングサーベイの設計責任者を務める。

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