人の知識には「暗黙知」と「形式知」の2種類があります。企業経営で業務の属人化防止や組織の業務効率化を実現するためには、蓄積された「暗黙知」を「形式知」に変換し、知識を継承・共有していく必要があります。そして、その方法として注目されているのが「ナレッジマネジメント」です。
本記事では、暗黙知について、放置するリスクや形式知化するメリットを紹介するとともに、ナレッジマネジメントの実践方法などを解説していきます。
参考:東京経済大学人文自然科学論集|暗黙知を理解する(大崎正瑠)
暗黙知とは?
暗黙知とは、「長年の経験で培われたノウハウ・勘やコツなどのように、説明や共有が難しい主観的な知識」を意味します。
暗黙知の代表的なものとして、長年の経験に基づく勘やノウハウなどが挙げられます。勘やコツといった主観的な知識を他者へ伝えようとしても、感覚や捉え方は人によって異なるため、正確に共有することは困難です。
わかりやすく言い換えると、言葉にして伝えにくい知識や知恵が暗黙知に該当します。
参考:溶接学会誌|デジタル化による溶接科学の国際ネットワーク(村川英一)
暗黙知の具体例
暗黙知の具体例としては、以下のとおりです。
- 車をうまく運転できる
- まっすぐに歩ける
- 医者が病気の症状を予想できる
- 専門家が植物や動物の種類を識別できる
経験により習得した技能や知識などのように、周囲には言葉で説明しにくいものが暗黙知といえます。
参考:東京経済大学人文自然科学論集|暗黙知を理解する(大崎正瑠)
暗黙知を提唱したマイケル・ポランニー
暗黙知は、ハンガリーの学者マイケル・ポランニーが初めて提唱した概念だとされています。
ポランニーは著書『暗黙知の次元』において、暗黙知のことを「語られることを支えている語られない部分に関する知識」「我々は語れることより多くのことを知れる」と述べています。
要するに、簡単に説明できないものではあるものの、人間が意識せずに理解して使っている知識、それが暗黙知であるとポランニーは主張しています。
参考:
東京経済大学人文自然科学論集|暗黙知を理解する(大崎正瑠)
マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』
暗黙知を世に広めた野中郁次郎
ポランニーによって提唱された暗黙知ですが、実際にその概念を世に広めたのは日本の経営学者・野中郁次郎といえるでしょう。
野中は、ポランニーが提唱した暗黙知や形式知を経営学分野に導入した、ナレッジマネジメント理論の第一人者です。
著書『知識創造企業』などを通じて、「企業が競争優位性を保つうえで重要なことは暗黙知と形式知の相互変換にある」「相互変換はSECIモデルによって可能となる」と主張し、暗黙知や形式知が組織経営にもたらす重要性を世に広めました。
参考:
慶應技術大学|ナレッジマネジメントにおける知識概念(榊原研互)
野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』
暗黙知の対義語は「形式知」
暗黙知の対義語が「形式知」です。形式知とは「言語や数値、文字や図表によって伝達できる客観的な知識」を意味し、明示知とも呼ばれます。
例えば、作業手順書や業務マニュアル、ルールブックなどは形式知です。
形式知は、言語化や伝達が難しい暗黙知に比べ、情報共有や伝達に向いています。個人的な経験や技能、勘やコツ(暗黙知)であっても、他人が理解できるように手順化・マニュアル化ができれば、それは形式知となります。
参考:溶接学会誌|デジタル化による溶接科学の国際ネットワーク(村川英一)
形式知の具体例
形式知の具体例は以下のとおりです。
- 家具や家電の説明書
- 作業工程を示した図解や図表
- 病気の症状や対処法が記載された医学書
- トラブルシューティングの手順書やQ&A
- 業務上の注意点や対応内容をまとめたマニュアル
具体的な数値や文字で表現された情報やデータなど、周囲に伝えやすいものが形式知に該当します。
暗黙知と形式知の違いとは?
暗黙知と形式知の違いは、次のとおりです。
暗黙知 | 形式知 | |
特徴 | 経験や勘など主観的な知識 | データや情報など客観的な知識 |
具体例 | ノウハウ、コツ、勘 | マニュアル、手順書、ルールブック、データベース |
言語化・表現化 | × | ○ |
説明・共有のしやすさ | × | ○ |
参考:溶接学会誌|デジタル化による溶接科学の国際ネットワーク(村川英一)
暗黙知を放置するリスク
個人の中でノウハウやコツとして蓄積される暗黙知は、「背中を見て覚える」「目で見て技術を盗む」など、昔ながらの職人や熟練工を育成する場面では暗黙知のままで問題ないかもしれません。
しかし、知識の継承や共有が求められる組織経営において、暗黙知をそのままにしておくことは、大きなリスクとなります。これまでは「あうんの呼吸(暗黙知)」で乗り越えてきた日本企業も、ITやAIが産業をけん引するこれからの時代では、暗黙知を形式知へ転換する取り組みが重要になってくるでしょう。
ここからは、暗黙知を放置することで生じるリスクを2点紹介していきます。
参考:日本経済新聞|日本の強みが弱みに 「あうん」から形式知の時代へ
リスク1.業務の属人化で生産性が低下する
暗黙知を放置すると、業務に精通した担当社員にしか対応できない状況、いわゆる「業務の属人化」が発生しやすくなります。
業務の属人化が起こると、担当社員が不在となるだけで業務が停滞してしまいます。担当社員が退職してしまった場合、業務に支障が生じ、最悪の場合は事業を継続できず損失を被る可能性もあるでしょう。
参考:welog media|【わかりやすく解説】「暗黙知」とはどういう意味?形式知との違いや具体例など
リスク2.ナレッジの蓄積や継承が困難で人材育成できない
暗黙知を放置すると、知識や技術を情報やデータとして蓄積したり、周囲のメンバーに継承したりすることが困難になります。
勘やコツなどの暗黙知は主観的かつ抽象的なものなので、誰もがわかるように言語化・マニュアル化しなければ、後任者や周囲のメンバーに正しく伝わりません。「あの人にしかできないコツ」は、「誰もが問題なく活用できる知識」へと置き換えていく必要があります。
参考:brains tech|暗黙知と形式知の意味や違いを図解で解説!ナレッジマネジメントに影響大
暗黙知を形式知に変換するメリット
組織経営において、暗黙知を形式知に変換することは次の3つのメリットがあります。
- 社員全体のスキルを向上できる
- 業務の属人化を防げる
- 業務を効率化できる
それぞれ解説していきます。
メリット1.社員全体のスキルを向上できる
暗黙知を形式知に変換すれば、ノウハウ・スキルを社内教育や新人育成などに活用でき、社員全体のスキル向上が期待できます。
また、優れた社員が持つ経験や勘をより多くの社員が使えるデータやマニュアルとして残せれば、教育期間も短縮できるでしょう。
優秀な人材の確保が困難な現代において、企業は社内の人材を効果的かつ効率的に育成する必要があります。
参考:業務効率化ガイド|形式知とは何か?暗黙知やSECIモデルについても徹底解説
メリット2.業務の属人化を防げる
暗黙知を形式知に変換できれば、知識や技術が特定の社員に偏らないため、業務の属人化を防げます。
社内でスキルやノウハウが共有されれば、多くの社員に有益な情報が行き渡り、業務の品質均一化や効率化が図れるでしょう。また、担当社員の休職や異動、退職によって生じる業務の遅延や生産性の低下も、暗黙知の形式知化によって最小化できるメリットがあります。
参考:brains tech|暗黙知と形式知の意味や違いを図解で解説!ナレッジマネジメントに影響大
メリット3.業務を効率化できる
優秀な社員やスペシャリストなどの一部社員が持つ暗黙知を形式知に変換できれば、業務品質の向上と効率化が可能です。
例えば、ノウハウや知識がデータベース化・マニュアル化されると、どの社員であってもデータなどを見ながら課題や業務に取り組めるため、優秀な社員が不在でも業務が滞りません。また、経験豊富なベテラン社員が、新人や他部署からの質問に時間を割く手間も減るため、本業へ集中できるようになり、全体の生産性も高まります。
組織全体の業務品質と効率が向上していけば、企業の業績拡大にも繋がっていくことでしょう。
参考:ITトレンド|【図解】暗黙知と形式知とは?違いや変換法をわかりやすく解説
暗黙知を見える化するナレッジマネジメント
暗黙知を形式知に変換(見える化)する手法を、ナレッジマネジメントと呼びます。
効果的にナレッジマネジメントを実践するためには、以下の4つの基本要素を押さえる必要があります。
- SECIモデル
- 場(Ba)のデザイン
- 知識財産としての継承
- ナレッジリーダーの決定、およびビジョンの策定
それぞれ詳しくみていきましょう。
参考:業務効率化ガイド|形式知とは何か?暗黙知やSECIモデルについても徹底解説
1.SECIモデル
SECI(セキ)モデルとは、「個々人の暗黙知を組織の形式知へと変換し、その形式知を再び暗黙知に変換する知識創造のプロセスモデル」を意味します。先述した書籍『知識創造企業』の著者・野中郁次郎らによって体系化された理論です。
以下の4つのプロセスの頭文字から、本モデルは「SECIモデル」と名付けられました。
- Socialization:共同化
- Externalization:表出化
- Combination:連結化
- Internalization:内面化
それぞれのプロセスを詳しくみていきましょう。
Socialization:共同化
共同化は、暗黙知を他者へ共有するプロセスです。例えば、「ベテラン社員の作業を見て、新入社員が技術を学ぶ」といったように、共通の体験によって暗黙知を移転させます。
共同化の段階では、暗黙知は言語化して伝える必要はありません。まずは感覚として暗黙知を共有することで、言葉にして伝えにくい暗黙知の他者理解を図ります。
Externalization:表出化
表出化は、暗黙知から形式知へと変換するプロセスです。複数人が対話などを重ねたり、言葉や図表を用いたりして、暗黙知を概念化します。
例えば、「ベテラン社員と新入社員が会議で認識をすり合わせて、データや情報としてまとめる」など、暗黙知を客観的に言語化・数値化する作業が表出化プロセスです。
Combination:連結化
連結化は、形式知と他の形式知を組み合わせ、新たな形式知を創造するプロセスです。別々の形式知を組み合わせて新たな形式知として体系化し、組織内で活用可能な知識財産へと変換していきます。
Internalization:内面化
内面化は、形式知から新たな暗黙知を生み出すプロセスです。形式知を個々人が実務に取り入れることで、新たな暗黙知を獲得します。例えば、新たに作られたマニュアルを使って実務に取り組んでいけば、個人の中に新たな経験やノウハウ(=暗黙知)が蓄積されていきます。
SECIモデルでは「S→E→C→I→S→E→C→I」と、一連のプロセスを繰り返すことで、会社の知識財産を蓄積できます。
参考:業務効率化ガイド|形式知とは何か?暗黙知やSECIモデルについても徹底解説
2.場(Ba)のデザイン
SECIモデルで紹介した4つのプロセスを加速させるには、「場(Ba)をデザインする」必要があると言われています。
場とは、暗黙知や形式知を活用したり共有できたりする場所(環境)のことです。個々人の暗黙知が共有される場、形式知を実践できる場などさまざまな場所を含みます。
【共同化の場】
オープンで気軽なコミュニケーションが取れる場
例)休憩室、喫煙室、社内SNSなど
【表出化の場】
建設的な対話や共通の目的を持った議論の場
例)プロジェクト会議、全社ミーティングなど
【連結化の場】
形式知を共有、整理、蓄積、編集、検索できる場
例)情報共有ツール、イントラネットなど
【内面化の場】
形式知を実践的に活用できる場
例)個人の作業デスク、プレゼンテーションルームなど
参考:業務効率化ガイド|形式知とは何か?暗黙知やSECIモデルについても徹底解説
3.知識財産としての継承
ナレッジマネジメントが一時的な活動で終わってしまっては、イノベーションには繋がりません。個々人で完結させず、会社全体で知識財産として継承できる仕組みや体制づくりが重要です。
仕組みや体制づくりの一例は以下のとおりです。
- 暗黙知と形式知を共有できるITや、情報管理ツールを導入する
- 知識を提供するための仕組みや体制を作り、整える
- 知識を継承できる仕組みや体制を作り、整える
- 知識の共有を評価する制度を作り、整える
参考:
Qast Lab|形式知とは?ナレッジマネジメントで知識を見える化し組織力を高める
ITトレンド|【図解】暗黙知と形式知とは?違いや変換法をわかりやすく解説
4.ナレッジリーダーの決定、およびビジョンの策定
ナレッジマネジメントの推進には、強いリーダーシップを発揮するナレッジリーダーが必要です。
ナレッジリーダーは、「知識や情報の共有やビジョンの啓蒙活動」「SECIモデルの周知と浸透」「場のデザイン」「知識財産として継承する体制づくり」などを実行しなければなりません。
簡単な取り組みではありませんが、ナレッジリーダーが中心となって取り組むことで、個人の知識を会社の知的財産として昇華可能です。
参考:業務効率化ガイド|形式知とは何か?暗黙知やSECIモデルについても徹底解説
暗黙知やナレッジマネジメントに関する本
最後に、暗黙知やナレッジマネジメントへの理解を深めたい方に、おすすめの本を3冊ご紹介します。
『暗黙知の次元』
マイケル・ポランニーの著書で、暗黙知と形式知を概念化した一冊です。
言語化されない・できない知識(=暗黙知)こそコミュニケーションや技能の習得、さらには創造的な科学活動において重要であることを説いています。
『知識創造企業【新装版】』
経営学の分野に「知識」という概念を持ち込み、「知識創造理論」や「SECIモデル」の重要性を説いた一冊です。
著者の野中郁次郎らは、価値のある知識創造を繰り返すことで成功を収めた企業を調べました。それらの企業が持つ共通の原理を突き止め、体系化したものが「SECIモデル」です。
組織経営における知識創造の重要性や実践方法などを詳しく解説している本です。
『ワイズカンパニー』
『知識創造理論』の続編です。イノベーションを繰り返し起こす原動力は実践知であるとし、「実践知を持つリーダーが知識創造を推進する企業(ワイズカンパニー)には、持続的なイノベーションが起こる」と提唱した一冊です。
実践知とは、実践的な場で状況判断を下すために必要な暗黙知のことで、知識よりも知恵に近い概念として注目されています。
本書では、知識の創造と実践を繰り返す「SECIスパイラルモデル」を体系化し、その影響が社会に広がり、持続的なイノベーションと企業の成長に繋がることを詳しく解説しています。著者の一人である竹内弘高のインタビューと併読すれば理解が深まるでしょう。
参考:
野中郁次郎・竹内弘高『ワイズカンパニー』
ハーバードビジネスレビュー|共感と共生を戦略の中心に据えよ
まとめ
「暗黙知」を社内で効果的に活用するためには、「暗黙知」を誰もが理解・認識できる「形式知」へ変換(見える化)しなければなりません。
「暗黙知」の見える化には、SECIモデルの活用や場(BA)の整備などによってナレッジマネジメントを推進する必要があります。
ナレッジマネジメントは組織全体で取り組まなければ効果が発揮されないため、実践の難しい手法ではありますが、業務属人化の防止と業務の効率化が期待できます。
社員それぞれが持つ暗黙知を形式知へと変換することで、組織全体のパフォーマンスを底上げしていきましょう。
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