人的資本経営とは、人材を利益や価値を生み出す「資本」として捉え、積極的な人材戦略を実施する経営方針のあり方です。人的資本経営を行えば、企業の生産性向上やイメージアップなど、さまざまなメリットを得られます。
この記事では、人的資本経営の概要や注目されている社会背景、情報開示が求められる項目、実践するステップ、注意点について解説します。
人的資本経営とは
経済産業省の定義によると、人的資本経営とは「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」です。
これまでの人材戦略においては「人材=資源」と考えられてきました。資源は資本とは異なりコストであるため、できるだけ少なくして効率化を目指す必要がありました。
一方で、人的資本経営において人材は利益や価値を生み出す「資本」であり、積極的な人材戦略を実施して人材の育成・活用に投資を行います。
人的資本経営が注目されている社会背景
人的資本経営が注目されている社会背景として、以下の4つがげられます。
- 人材・働き方が多様化している
- 投資家が無形資産への関心を高めている
- 世界的にサステナビリティへの関心が高まっている
- DXの進展により経営改革が求められている
それぞれについて解説します。
人材・働き方が多様化している
近年、少子高齢化の進展により労働力不足が深刻化しています。そのため、外国人従業員やシニア世代などを含む、多様な人材が登用されるようになってきました。
また、働き方も時短勤務、フレックスタイム制、リモートワークなど多様化しています。これまでの全社画一的な人材管理では、対応できない場面も多く見られます。
投資家が無形資産への関心を高め情報開示を求めている
無形資産とは、物理的形状を持たない特許、商標、技術などの資産です。近年、投資家は無形資産を投資判断の指標として評価する傾向があります。
無形資産の一つである人的資本も企業価値の評価対象となるため、資本家は人的資本経営に関する情報開示を求めています。
世界的にサステナビリティへの関心が高まっている
世界的にサステナビリティへの関心が高まっていることも、人的資本経営が注目されている理由の一つです。環境、社会、経済分野における企業の持続可能性が高く評価されるようになってきました。
人材に投資して人的資本経営を進める企業は、社会分野においてサステナビリティを重視していると評価されます。
DXの進展により経営改革が求められている
DXにより定型業務の自動化が進展するなか、技術のみで差別化を図ることは難しく、企業にはイノベーションを生み出す経営改革が求められています。
新しい価値を創造するためには、従業員一人ひとりの個性を発揮できる環境の構築が欠かせません。
人的資本経営のメリット
人的資本経営を取り入れる主なメリットは以下の5つです。
- 生産性が向上する
- 従業員の能力・スキルが明確になる
- 企業のイメージアップになる
- 従業員の企業へのエンゲージメントが向上する
- 投資家からの評価が高くなる
それぞれについて解説します。
生産性が向上する
人的資本経営においては、積極的に人材への投資が行われます。その結果、従業員のスキルアップにつながり、生産性が向上するでしょう。
従業員が成長し、個々のパフォーマンスが向上することで、企業は利益を拡大し、持続的に成長していきます。獲得した利益をさらに人材投資へ回せば、従業員の成長が促進されるという好循環が生まれるはずです。
従業員の能力・スキルが明確になる
人的資本経営を進めて人材育成に力を入れていくと、従業員の能力・スキルが明確になっていきます。
従業員の能力を正確に把握すれば、どのような業務に配置すればパフォーマンスを最大限に発揮できるのかが見えてくるでしょう。戦略的な人材配置が可能となることで、企業全体の業績向上が期待できます。
企業のイメージアップになる
人的資本経営を進めると、人材育成に力を入れている企業であると評価され、一定の社会的信頼を高められます。企業のイメージアップや企業ブランディングの向上につながるでしょう。
その結果、この企業で働きたいという人が増え、優秀な人材の獲得により企業の競争力が向上します。
従業員の企業へのエンゲージメントが向上する
企業が人材育成に力を入れると、従業員が成長できる環境を整えられます。従業員の仕事に対するモチベーションが高まることで、企業へのエンゲージメント向上が期待できるでしょう。
従業員エンゲージメントが上がると、定着率の向上や離職率の低下につながります。
投資家からの評価が高くなる
人的資本経営に取り組んでいる企業は、投資家から、持続的な成長が期待できると評価され、投資額が増える可能性があります。
その結果、人材育成への投資を強化できるようになり、生産性が向上して人的資本経営がさらに進展するでしょう。持続的な企業成長につながる好循環を生み出します。
人的資本経営に関する動き
人的資本経営に関する主な動きを4つ紹介します。
- ISO30414「人的資本に関する情報開示ガイドライン」が発表された
- 「人材版伊藤レポート」が発表された
- 「人的資本可視化指針」が公表された
- 有価証券報告書における開示義務が課された
それぞれ詳しく見ていきましょう。
ISO30414「人的資本に関する情報開示ガイドライン」が発表された
2018年に、国際標準化機構(ISO)が策定した人的資本情報開示のガイドラインが「ISO30414(人的資本に関する情報開⽰のガイドライン)」です。
同ガイドラインには、以下の11領域に関する指標が示されており、人的資本に関する情報をどのように開示すればよいのかが明示されています。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ(多様性)
- リーダーシップ
- 企業文化
- 企業の健康・安全・福祉
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者育成計画
- 労働力
「人材版伊藤レポート」が発表された
「人材版伊藤レポート」とは、2020年に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書です。
企業が持続的に企業価値を向上させていくためには、経営戦略と人材戦略を連動した経営を行うべきであると提案しています。人材版伊藤レポートの発表を契機として、人的資本経営の考え方が日本国内に浸透しはじめました。
2022年には、内容をさらに高度化した「人材版伊藤レポート2.0」が発表されました。人的資本経営に必要な「3つの視点」と「5つの共通要素」という枠組みに基づいて、実行すべきポイントがまとめられています。
「人的資本可視化指針」が公表された
2022年、内閣官房から「人的資本可視化指針」が公表されました。人的資本可視化指針は人的資本に関する情報開示のガイドラインで、記載されている主な開示事項の例は以下のとおりです。
- 人材育成:研修時間、研修費用、研修参加率など
- 流動性:離職率、定着率、採用・離職コストなど
- ダイバーシティ:男女間の給与の差、正社員・非正規社員等の福利厚生の差、育児休業等の後の復職率・定着率など
有価証券報告書における開示義務が課された
内閣府令により、2023年3月期以降に作成される有価証券報告書より、上場企業約4,000社に対して、記載すべき事項が以下のとおり示されました。
- サステナビリティに関する考え方および取組
- 人的資本、多様性に関する情報
- コーポレートガバナンスに関する情報
このうち人的資本に関しては、人的資本投資に関する「戦略」と「指標及び目標」の開示が求められています。
人的資本経営で情報開示が求められる項目
内閣府令により示された、人的資本経営で情報開示が求められる項目は、7分野19項目にわたっています。具体的な分野は以下のとおりです。
- 人材育成
- エンゲージメント
- 流動性
- 多様性
- 健康・安全
- 労働慣行
- コンプライアンス
開示が義務化されている項目以外は、自社の経営戦略に合わせて選択可能です。
また、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、以下の項目の記載が義務化されました。
- 人的資本:人材育成方針、社内環境整備方針
- 多様性:女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差
人的資本経営を実践するステップ
人的資本経営を実践するステップは、以下の3つです。
- 人材戦略と経営戦略を連動させる
- KPIを設定し施策を検討する
- 施策の実行・効果検証・改善を行う
それぞれのポイントについて解説します。
1. 人材戦略と経営戦略を連動させる
人事部の立案した人材戦略と、経営層の立案した経営戦略が連動していないと、人的資本経営の実施は難しいでしょう。
まずは、人事部と経営層の認識を合わせることが重要です。具体的には、自社が現在抱えている課題と、今後目指す姿について、客観的な共通認識をもちましょう。
そのうえで、必要な人材戦略はどのようなものなのかを検討していきます。
2. KPIを設定し施策を検討する
自社が現在抱えている課題と、今後目指す姿のギャップを把握できたら、いつまでに何をするのかというKPIを設定し、具体的な施策を検討しましょう。
KPIは人的資本の情報開示にも活用できます。経営戦略との連動性を意識しつつ、自社らしい独自性を盛り込んで作成することが重要です。
ただし、定量化しにくい施策に対して、無理にKPIを設定する必要はありません。KPI設定が目的化しないように注意しましょう。
3. 施策の実行・効果検証・改善を行う
施策とKPIを設定したら、施策の実行・効果検証・改善を行います。エンゲージメントサーベイを活用し、自社の課題と、目指す姿のギャップを定期的にモニタリングしていきましょう。
また、人事管理システムなどを利用して、データを継続的に収集・蓄積していくことも重要です。施策の効果を検証し、改善へと結びつけていくようにPDCAを回していってください。
人的資本経営を実践する際の注意点
人的資本経営を実践する際の注意点は以下の3つです。
- 情報開示を目的にしない
- 経営戦略を定めたうえで人材戦略を策定する
- 全部署が一丸となって取り組む
それぞれについて解説します。
情報開示を目的にしない
人的資本経営に関する情報開示の義務化や、投資家からの要望への対応として情報開示をする場合でも、情報開示自体を目的にしないことが重要です。
人的資本経営を実施し、企業価値を高めていくという目的を忘れないようにしましょう。従業員のパフォーマンスを最大限に発揮できるように環境を整え、人材資本の価値を引き出すために、情報開示を行います。
経営戦略を定めたうえで人材戦略を策定する
経営戦略と人材戦略が乖離していると、当面の採用や研修といった短期的な課題に向けた人材戦略を策定してしまうケースがあります。自社が目指す姿へ向けた経営戦略の実現に貢献できなければ、人的資本経営は推進されません。
経営戦略を社内で共有したうえで、連動した人材戦略を検討していくことが重要です。
全部署が一丸となって取り組む
人的資本経営は、全部署が一丸となって取り組んでこそ実現できるものです。人材に関するテーマであると捉えて、人事部のみで施策を策定・実行することは避けましょう。
財務や広報などすべての部署が関わり、目標を共有して人的資本経営に取り組む必要があります。人材を無形資産として捉えるためには、全社的な課題であることを認識しなければなりません。
人的資本経営とはどのようなものかを理解して企業の持続的成長を実現させよう!
人的資本経営を行うことで、生産性の向上や従業員の能力・スキルの明確化、企業のイメージアップなど、さまざまなメリットを享受できます。企業が継続的に自社の価値を高めていくうえで欠かせない取り組みです。しかし、従業員の状態を正確に把握していなければ、人的資本経営を実践することは難しいでしょう。
ミキワメウェルビーイングサーベイは、社員の性格と心理状態をもとに、サポートが必要な社員を可視化して、離職を防ぐ従業員サーベイです。
「離職や休職が多い」「社員の生産性や創造性が低い」などの課題をお持ちの企業様は、下記からお気軽にお問い合わせください。
従業員のメンタル状態の定期的な可視化・個々の性格に合わせたアドバイス提供を通じ、離職・休職を防ぐパルスサーベイ。30日間無料トライアルの詳細は下記から。