長時間労働は、従業員の健康リスクを高めるだけではなく、生産性の低下や人材流出、企業のイメージ悪化といった深刻な問題を引き起こします。とくに月80時間以上の時間外労働は「過労死ライン」とされ、早急な対策が必要な問題です。
本記事では、長時間労働の定義や原因を明確にしたうえで、企業が実践できる具体的な解決策5選と成功事例を紹介します。

長時間労働の定義
長時間労働とは「法定労働時間を大幅に超えて働く状態」を指しますが、法律上の明確な基準は存在しません。
実務上の目安としては、労働基準法で定められた法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える労働や、36協定で定める時間外労働の上限規制が参考になります。とくに、厚生労働省が定める時間外労働の上限である「原則月45時間、年360時間」を超える場合は、長時間労働と認識されることが多いでしょう。
また健康管理の観点からは「時間外・休日労働が月80時間を超える労働者」に対して、医師による面接指導が義務付けられています。この基準も、長時間労働かどうかを判断する一つの指標と捉えることが可能です。
長時間労働がもたらす問題点
長時間労働は、一見すると企業の生産性向上や業績アップに貢献しているように思えますが、実際には組織に多大な悪影響をもたらします。
ここでは、長時間労働がもたらす以下の4つの問題点について詳しく解説します。
- 従業員に健康被害が起こる
- 生産性が低下する
- 優秀な人材が流出する
- 企業イメージが悪化する
従業員に健康被害が起こる
長時間労働は、睡眠不足や疲労の蓄積、ストレスの増加を引き起こします。これらの要因が複合的に作用すると、従業員の身に以下のような健康問題が生じるおそれがあります。
- 精神疾患:うつ病、適応障害、睡眠障害など
- 身体疾患:心臓疾患、胃腸障害、腰痛、月経障害など
最も深刻なのは、これらの健康被害が最終的に過労死や自殺につながる危険性があることです。厚生労働省の「過労死等の労災補償状況(令和5年度)」によると、脳・心臓疾患に関連する労災支給決定件数は216件、精神障害に関連する労災支給決定件数が883件と、いずれも前年比で増加しています。
これらの数字は、長時間労働が深刻な健康被害を引き起こすことを示しています。
生産性が低下する
公益財団法人日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2024」によると、日本の時間当たり労働生産性は56.8ドルで、OECD加盟38カ国中29位と低迷しています。その要因の一つとして挙げられるのが「長く働くこと」を美徳とする日本の風潮です。
長時間労働は慢性的な疲労や睡眠不足を引き起こし、集中力の低下やミスをもたらします。たとえば連日の残業が続くと、脳の疲労により情報処理速度が落ち、単純な業務でさえ時間がかかるようになります。
さらに疲労が蓄積すれば誤入力や重要な確認ミスなどが増え、業務のやり直しも発生するでしょう。結果として効率が悪化し、長時間働いても期待した成果を出せません。
長時間労働の是正は労働者の健康維持だけではなく、組織全体の生産性向上にも直結する重要な課題といえます。
優秀な人材が流出する
過度な業務負荷により従業員が疲弊し、転職を考えるようになるケースも珍しくありません。
たとえば日本労働研究機構(JIL)の調査によると、勤続期間に関係なく、長時間労働を強いられている従業員ほど離職率が高い傾向があります。また、優秀な人材ほど選択肢が豊富にあるため、労働環境が整備された企業への転職も容易です。
人材流出の影響は単なる人手不足にとどまりません。企業特有の知識やノウハウの喪失、新たな採用コストの発生など、目に見えない損失が積み重なります。残された従業員の業務負担が増加する点も、企業にとって見過ごせない問題です。
優秀な人材の流出を防ぐためにも、労働時間を適切に管理し、長時間労働を生じさせない取り組みが企業には求められています。
企業イメージが悪化する
長時間労働が常態化している企業は、社会的な評価を大きく損なうリスクを抱えています。
最近では、働き方改革の推進や労働者の権利意識の高まりにより、社会全体でワークライフバランスを重視する傾向が強まっています。そのような状況下で長時間労働を常態化させていると「従業員を大切にしない企業」という印象を与えかねません。
企業イメージの悪化は、以下のような影響をもたらします。
- 取引先からの信頼低下
- 不買運動のリスク増大
- 従業員のモチベーション低下
- 企業価値(株価)の低下
このように、長時間労働は企業の評判や信頼性に直接的な悪影響を及ぼすため、早急な対応が求められる課題の一つといえます。
長時間労働の主な原因
長時間労働は自然発生的に生じるものではなく、企業内に潜む課題によって引き起こされるものです。主な原因として、以下の5点が挙げられます。
- 業務が属人化している
- 業務プロセスが非効率である
- マネジメントが不足している
- コミュニケーションが不足している
- 長時間労働を美徳とする企業文化の影響を受けている
それぞれ詳しく解説します。
業務が属人化している
長時間労働の主な原因の一つに、業務の属人化が挙げられます。
業務の属人化とは、特定の個人しかその業務を把握していない状態です。具体的には、以下のようなケースが考えられます。
- 特定のソフトウェアの操作をAさんしか知らないため、トラブルが発生するたびにAさんが対応しなければならない。
- Bさんが顧客との交渉をすべて担当しているため、Bさんが不在の場合、交渉がストップしてしまう。
これらのケースでは業務が特定の従業員に集中し、その従業員の負担が増大します。結果として残業や休日出勤が常態化し、長時間労働につながってしまうのです。
業務プロセスが非効率である
長時間労働が常態化している職場の多くは、業務プロセスに無駄が多いのが実情です。例えば、以下のようなケースが考えられます。
- 毎回手作業でデータ入力や集計に取り組んでいる
- 承認フローが複雑で、時間がかかっている
- 会議や報告のための資料作成に時間を費やしている
こうした非効率な業務プロセスは、従業員一人ひとりの労働時間を不必要に延ばし、結果として長時間労働を常態化させます。また、業務プロセスを改善しないまま放置していると、従業員のモチベーションは下がり、さらなる効率性の低下が懸念されるでしょう。
マネジメントが不足している
マネジメントの欠如も、長時間労働の大きな要因として挙げられます。管理職が適切な業務配分を行わず、タスクの進捗を把握しないまま放置すると、従業員は際限なく仕事を抱え込みがちです。
実際、部下の業務量を把握せず「頑張れば終わるはず」と考える上司や、「とにかく目の前の仕事をこなせ」と指示するマネージャーのもとでは、タスクの優先順位が曖昧になり、効率が悪化します。
また、上司自身が長時間働くことで「帰りづらい雰囲気」が生まれ、実際には業務が終わっていても残業せざるを得ないケースも見受けられます。
コミュニケーションが不足している
長時間労働が続く職場では、コミュニケーションの質が著しく低下する傾向があります。なぜなら、従業員が業務に追われるあまり、チーム内での情報共有や意見交換が後回しにされるからです。
チーム内の意思疎通が不十分だと、同じ仕事を二重に進めたり、確認のために余計な会議が増えたりする場合があります。また、進捗状況が適切に共有されないと、ギリギリになってタスクの遅れが発覚し、急な残業が発生することも珍しくありません。
長時間労働を美徳とする企業文化の影響を受けている
長時間労働が根深い問題として存在する背景には「長く働くことが美徳」とされる企業文化が影響しています。
この価値観は、とくに日本企業において顕著であり、勤勉さや献身を評価する風潮が長年にわたり根付いてきました。例えば、定時で退社することが「やる気がない」と見なされる職場や、上司が帰るまで席を立たないという暗黙のルールが存在するケースも少なくありません。
こうした企業文化は、生産性の低下だけではなく、社員のメンタルヘルス悪化や離職率上昇といった深刻な問題を引き起こしています。「残業=熱心」という価値観が、結果的に組織全体の活力を奪っているという皮肉な現実があるのです。
長時間労働を解消する対策5選
過労や健康リスクを防ぎ、従業員の生産性を向上させるためには、適切な対策を講じることが重要です。
ここでは、長時間労働の解消につながる以下の5つの対策について解説します。
- 労働時間を可視化し管理する
- デジタル化により業務プロセスを効率化する
- 柔軟な働き方を導入する
- 経営層の意識改革を図る
- 業務の属人化を防ぐ
労働時間を可視化し管理する
長時間労働を解消するための第一歩は、労働時間の「見える化」です。従業員の勤務状況を正確に把握することで、過重労働の防止や業務効率化が可能となります。
具体的には、勤怠管理システムや業務可視化ツールの導入が効果的です。例えば「MITERAS仕事可視化」は、社員のPC利用状況を可視化し、勤怠データとPC稼働ログを照合することで、法令遵守や働き方の見直しを推進します。
また「KING OF TIME」は、従業員の働き方を可視化し、労務リスクの軽減や生産性向上を支援するクラウド型のデータ分析システムです。
これらのツールの活用により、サービス残業や36協定違反の抑止が期待できます。また、労働時間のデータを分析し、業務プロセスの改善点を見つけ出すことで、組織全体の生産性向上も期待できるでしょう。
デジタル化により業務プロセスを効率化する
業務プロセスのデジタル化は、長時間労働を解消する効果的な手段です。デジタルツールや自動化技術の導入により、手作業や非効率なプロセスを削減できます。
具体的には、以下のような施策が有効です。
施策 | 概要 |
---|---|
RPAの導入 | 定型業務(データ入力、請求書処理など)を自動化 |
クラウドツールの活用 | 情報共有、コミュニケーション、ファイル管理などをクラウド上で実施 |
電子契約システムの導入 | 契約書作成、締結、管理を電子化 |
タスク管理ツールの活用 | 業務内容と所要時間を記録し、進捗状況を可視化 |
これらの施策を実施することで業務プロセスの効率化が進み、結果として長時間労働の解消が期待できます。
柔軟な働き方を導入する
長時間労働を解消するためには、従業員が自分のライフスタイルに合わせて働ける「柔軟な働き方」を導入することが重要です。
例えば、以下のような制度が考えられます。
- フレックスタイム制度:従業員が始業・終業時間を自由に選択できる制度
- テレワーク制度:場所や時間にとらわれずに働ける制度
- 短時間勤務制度:労働時間を短縮し、ワークライフバランスを重視する働き方
- 時間単位の有給休暇制度:1日単位ではなく、時間単位で有給休暇を取得できる制度
柔軟な働き方は単なる制度ではなく「働き方そのもの」を見直す契機です。企業文化として浸透させることで、持続可能で魅力的な職場環境づくりを図れます。
経営層の意識改革を図る
長時間労働の解消には、経営層の意識改革が不可欠です。「残業する社員は会社に貢献している」という古い価値観が、いまだに根強く残っている企業も少なくありません。こうした考え方を見直すことが、長時間労働の抜本的な解決につながります。
具体的には、経営層自らが率先して定時退社を実践し、従業員の健康と生産性を重視する姿勢を示すことが重要です。例えば、役員会議で長時間労働の弊害について議論し、「残業ゼロ宣言」を全社的に発信するのも効果的なアクションといえます。
また、経営層が現場の声に耳を傾け、業務プロセスの見直しや人員配置の最適化を進めることで、組織全体の効率化を図れます。「残業=頑張っている」という評価基準を改め、生産性や創造性を重視する新たな評価制度の導入を検討するとよいでしょう。
業務の属人化を防ぐ
業務の属人化を防ぐことは、長時間労働の解消に直結します。特定の従業員に業務が集中すると、負担が増大し、休暇取得や効率的な働き方が難しくなるからです。
具体的には、以下のような取り組みが考えられます。
取り組み | 概要 |
---|---|
業務の標準化とマニュアル化 | 業務の手順やノウハウを明確にし、誰でも同じ品質で業務を遂行できるようにする |
複数担当制の導入 | 業務に関する情報を共有し、誰もがアクセスできるようにする |
情報共有の促進 | 業務に関する情報を共有し、誰もがアクセスできるようにする |
スキルアップ支援 | 従業員のスキルアップを支援し、誰もが多様な業務に対応できるようにする |
業務の属人化を防ぐことで社員それぞれの負担が軽減され、企業全体の生産性が高まります。結果として無駄な残業が減るため、長時間労働の解消を実現可能です。
長時間労働対策の成功事例
長時間労働の解消は決して容易ではありませんが、実際に効果的な対策を講じて成果を上げている企業も数多く存在します。
ここでは、業種や規模の異なる企業が、それぞれの課題に合わせた独自のアプローチで長時間労働を削減した事例を紹介します。
ITを活用した業務効率改善:株式会社双葉タクシー
2022年、大分県でタクシー配車を手がける双葉タクシーは、複数社と共同で「クラウド型の配車システム」の導入をスタートしました。
4つのタクシー会社が同じ配車システムを利用することで、自社の空車がない場合でも他社の空車を配車可能に。乗車率の向上に加えて、ドライバーの待ち時間解消につながっています。
双葉タクシーの事例は、長時間労働の解消を「ITの活用」「同じ課題を持つ他社との協働」という2つの取り組みでアプローチした興味深い事例です。
勤務形態や処遇の改善:伊藤組土建株式会社
北海道札幌市に本社を構える伊藤組土建株式会社は、長時間労働の解消に向けた取り組みとして、勤務形態や処遇の改善に積極的に取り組んでいます。
同社はクラウド型勤怠管理システムを導入し、労働時間の可視化を実現。さらに、有給休暇の計画付与を積極的に推進した結果、取得率は3年間で56.3%から67.9%へと着実に上昇しました。週休二日制の導入や時間単位の有給休暇制度も、社員から好評とのことです。
最大の課題は「旧来の働き方への固執」でしたが、制度の導入や組織内の意識改革を通じて労働環境の改善が実現しています。
積極的な⼈材採⽤による⽣産性向上:岡⽥建設株式会社
岡田建設株式会社は、長時間労働の是正と生産性向上を目指して、積極的な人材採用に取り組んでいます。
かつては専門学科卒の学生のみを採用していた同社ですが、近年は文系学生やスポーツ系の学生、さらには元力士といった異色の経歴を持つ人材まで、バックグラウンドを問わない積極採用へと舵を切りました。
多様な人材を受け入れるにあたり、同社は入社後の教育体制も大幅に強化。従来の2週間から3か月間の研修期間へと拡大し、道具の名前から測量技術、写真撮影方法まで丁寧に指導しています。
こうした取り組みは、単なる技術習得だけではなく、同期同士の絆を深める効果も生み出しました。実際に、別々の現場に配属されたあとも、互いに支え合う文化が根付いているそうです。人材の多様化が、結果的に組織力の向上につながった好例といえるでしょう。
長時間労働を解消して理想の職場環境をつくっていこう
長時間労働は、従業員の健康被害や生産性低下、人材流出など企業にとって深刻な問題をもたらします。主な原因としては、業務の属人化や非効率なプロセス、マネジメント不足、コミュニケーション不足、そして長時間労働を美徳とする企業文化が挙げられます。
これらの課題を解決するためには、以下の対策が有効です。
- 労働時間の可視化と管理
- 業務プロセスのデジタル化
- 柔軟な働き方の導入
- 経営層の意識改革
- 業務の属人化防止
「ミキワメ ウェルビーイングサーベイ」は、従業員の心身の健康状態や職場環境への満足度を可視化するツールです。組織全体の傾向から個人の状態まで多角的に分析でき、長時間労働の根本原因を特定するのに役立ちます。
長時間労働の原因特定や対策についてお悩みの場合は、ぜひ下記からお気軽にお問い合わせください。
従業員のメンタル状態の定期的な可視化・個々の性格に合わせたアドバイス提供を通じ、離職・休職を防ぐパルスサーベイ。30日間無料トライアルの詳細は下記から。