後継者不足が深刻化する日本では、マイスター制度に注目が集まっています。
マイスター制度とは、後継者不足を解消し、熟練技能者から中堅や若手への技術継承・指導を促す制度です。もともとはドイツ発祥の職業教育制度ですが、モノづくりや製造業に強みを持つ日本と親和性が高いことから、導入する企業が増えています。
本記事では、マイスター制度がどのような制度か、メリットやデメリットなどを踏まえて解説します。企業事例にも触れていくため、導入を検討している経営者や人事責任者はぜひ参考にしてみてください。
マイスターの意味
マイスター(Meister)は、「巨匠」「名人」「大家」などを意味するドイツ語です。同類の言葉として、英語のマスター(Master)、イタリア語のマエストロ(Maestro)などが挙げられます。
ドイツでは「専門的な技術や知識を持つ職人」や「経験豊富でその道を極めた匠や熟練工」などを、尊敬の意味を込めてマイスターと呼びます。日本でも、匠や職人、エキスパートやプロフェッショナルなどを意味する言葉として定着している模様です。
マイスター制度とは
マイスター制度は「マイスターの育成を応援し、優れた技術や技能を次世代へ継承する制度」です。
もともとはドイツ発祥の職業教育制度ですが、日本でも幅広い用途に活用されています。代表的な活用方法は次のとおりです。
- 優れた技術や専門的な技能を持つマイスターの育成を支援する
- 社内の優れた技術者をマイスターとして認定・表彰する
- マイスターに対する手当の支給や、優遇措置の提供
- 社内外のマイスターから技術や技能を習得する
つまり、マイスター制度は、技術継承を軸として人材育成や技術力向上を後押しする仕組みといえます。
日本におけるマイスター制度の広がり
現在、日本では後継者不足が深刻化しています。帝国データバンクの『全国企業「後継者不在率」動向調査(2021年)』によると、中小企業約26万6千社のうち、16万社(61.5%)が後継者不在との結果でした。優れた技術を有していても後継者がいなければ継承できず、技術普及が途絶えてしまいます。
このような後継者不足や技術継承問題の解決策として注目されているのが、「マイスター制度」です。特に次の制度は、日本における「マイスター制度」の普及に大きく関わっています。
- 全技連マイスター
- ものづくりマイスター制度
それぞれ詳しく見ていきましょう。
全技連マイスター
日本でもドイツのマイスター制度を参考に、熟練工の技術や知識を証明する資格制度が多数作られました。その代表的な制度が、全技連マイスターです。
全技連マイスターは、2003年(平成15年)創設の資格制度で、一般社団法人全国技能士会連合会が運営しています。
全技連マイスターの認定要件は、「特級、1級または単一等級の技能士」「20年以上の実務経験」「45歳以上70歳以下」などです。
全技連マイスターでは、技能の素晴らしさや楽しさを伝え、技能を見える化するなど、技能の伝承や後進の指導に熱心に取り組んでいます。小・中・高等学校や大学、または地域社会への指導など、幅広い層へ教育を提供している点が特長です。
ものづくりマイスター制度
ものづくりマイスター制度は、厚生労働省が創設した制度です。正式名称は「若年技能者等人材育成支援事業」と呼びます。
ものづくりに関する優れたノウハウを持つ「ものづくりマイスター」が、学校や中小企業にて若年層へ実践的指導を提供し、技能継承や後継者育成を図る制度です。
「ものづくりマイスター」の認定要件には、「特級、1級、単一等級の技能士または技能五輪全国大会の成績優秀者」や「15年間以上の実務経験」などがあります。
要件が年齢ではなく実務年数であり、111職種が対象職種であることから、全技連マイスターよりも身近な資格といえるでしょう。
同制度では、情報技術関連の優れた技能を持つ「ITマスター」、IT技術を活用した生産性向上に関する指導ができる「テックマイスター」などが存在します。また、地域活性化を目的に年1回実施される「地域発!いいもの」事業、優れた技能で高付加価値な製品であることを示す「グッドスキルマーク」事業などの取り組みも実施しています。
マイスター制度のメリット
マイスター制度の導入によってもたらされるメリットは、大きく次の4つです。
- 後継者を育成できる
- 生産性向上が期待できる
- モチベーションアップが期待できる
- マニュアル化しにくい技術を継承できる
ひとつずつ解説していきます。
メリット1.後継者を育成できる
マイスター制度の導入で最も大きなメリットは、後継者を育成できる点です。積み重ねた技術力やノウハウを部下や後輩に引き継ぐことは、企業の継続的な成長に欠かせません。
OJTや日常業務では、熟練者が若手にマンツーマンで指導する時間はなかなか確保できないでしょう。そのため、現場で後継者の育成やノウハウの伝達は困難といえます。
一方、マイスター制度を導入すれば、組織としてマイスター(熟練者)をサポート可能です。そうすると、若手は技術やノウハウに関する指導を直接受けられるようになり、後継者育成が促進されます。
また、指導を受ける若手は、技術継承へ高いモチベーションを有している傾向にあります。マイスター(熟練者)は意欲的な後継者候補を育成できるため、意欲の低い人間へ時間を割くことなく効率的な技術継承が図れるでしょう。
メリット2.生産性向上が期待できる
マイスター制度を通じてノウハウや熟練技術が継承されていけば、組織内に能力の高い人材が増え、企業の生産性が向上します。
これまで特定の個人にしか遂行できなかった仕事も、対応可能な人間が増えることで業務の属人化が解消され、品質の安定化や人材の流動化が期待できるでしょう。
メリット3.モチベーションアップが期待できる
保有スキルや経験を高く評価され、指導者として組織に貢献している実感を得られるため、マイスター制度導入はマイスター(熟練者)のモチベーションアップが期待できます。
若手においても、マイスター資格の取得という目標に向かって技術を磨き続けられるため、モチベーションが維持しやすい状況です。資格の取得は組織をリードする人材として認められたことを意味するため、自信にもつながることでしょう。
モチベーションアップについては、以下の記事で詳しく解説しています。合わせてご覧ください。
メリット4.マニュアル化しにくい技術を継承できる
勘やコツといったマニュアル化が困難な暗黙知を継承しやすい点が、マイスター制度の特長です。
例えば、製造業や建設業などの業務は、マニュアル化が困難で属人化しやすい技術やノウハウが多数存在します。いわゆる、匠の技や職人芸と呼ばれるものです。
細かなテクニックやコツ、作業に対する姿勢や精神などは言語化できないため、マニュアル化して次世代へ引き継ぐことは困難でしょう。
マイスター制度では、マイスターに認定された匠や職人などが若手を直接指導できるため、マニュアル化・言語化が困難な感覚やコツなどを詳細に伝達できます。
マイスター制度のデメリット
優れた技術の継承や後継者の育成に適したマイスター制度ですが、導入には次の3つのデメリットを念頭に置く必要があります。
- 対象技能の選定が必要となる
- モチベーション低下を引き起こす可能性がある
- イノベーションを阻害する可能性がある
それぞれ解説していきます。
デメリット1.対象技能の選定が必要となる
マイスター制度は、社内のさまざまな技能や分野に対して適用可能である反面、手当たり次第に適用すれば管理に多大な費用と労力がかかります。したがって、対象とする技能や分野の選別が重要なポイントです。
また、マイスターとしての認定基準が適切でなければ、技術継承が中途半端になり、マイスターや後継者の育成が不十分に終わるケースもあるでしょう。
社内の全技能に対して適用するのではなく、組織に利益をもたらすもの、または希少価値の高いものに絞った導入がおすすめです。
デメリット2.モチベーション低下を引き起こす可能性がある
マイスター制度は社員のモチベーションアップにつながりやすいメリットがある一方で、場合によってはモチベーション低下につながることもあります。
例えば、マイスター制度によって後継者候補に選抜された人は、技術向上に気を取られ、本業がおろそかになる可能性もあるでしょう。また、マイスター認定試験に何度も合格できない社員が、自信を喪失し、労働意欲を低下してしまう可能性もゼロではありません。
ほかにも、マイスターに認定された熟練者の場合、指導に多くの労力と時間を費やす必要が生じます。場合によっては本業に支障が出たり、本当にやりたい仕事に時間を割けなくなったりすることで、熟練者のモチベーション低下が発生してしまうでしょう。
マイスター制度を導入する際は、参加する社員へ制度を丁寧に説明し、賛同を得てからスタートさせるのがポイントです。
デメリット3.イノベーションを阻害する可能性がある
マイスター制度は、既存技術の継承を主な目的としているため、新たな技術や革新的な発展(イノベーション)につながらない可能性があります。
既存技術やノウハウがそのまま継承されるため、変化や進化が起こらないケースも珍しくありません。また、熟練者の優れた技術を学んでみたものの、市場の変化に伴い技術価値や需要がなくなる場合もあるでしょう。
マイスター制度を導入する場合、既存技術の継承と並行して、イノベーションを起こすための投資や環境づくりを心がけてください。
マイスター制度を導入する企業事例
最後に、実際にマイスター制度を導入し、効果的に活用している以下の企業事例を紹介します。
- キャノン
- 広島銀行
- NTTドコモ
導入検討中の場合は、ぜひ参考にしてみてください。
事例1.キャノン
事務機器やデジタルマルチメディア機器などを製造・販売するキャノンは、多能工者に対する評価認定制度を導入しています。
ほかの人には真似できない優れたものづくりができる人を「キヤノンの名匠」、数多くの工程をこなす技量と知識を持つ人を「マイスター」として認定する制度です。
厳しい評価認定基準が設けられ、「キヤノンの名匠」認定者のなかには厚生労働省から表彰される「現代の名工」や、「黄綬褒章(おうじゅほうしょう)」を授与する人も存在します。ものづくりと人材育成に注力しているキヤノンならではの取り組みといえるでしょう。
事例2.広島銀行
広島県や瀬戸内海近隣を基盤とする地方銀行の広島銀行は、行員の専門性を高めて顧客ニーズに応えるため、業務スキルの最終ゴールとして「マイスター認定制度」を制定しました。
法人融資や個人ローンなど各業務分野において、優れた実績や資格などを持つ人材をマイスターに認定しています。「人財育成」の強化策として位置付けられており、マイスターに認定されるためには、マイスター必須研修の受講が必要です。
事例3.NTTドコモ
通信サービス大手のNTTドコモは、ドコモショップにおける効率的なオペレーションを実現するために「スキル資格制度」を導入しました。本制度は、ドコモショップを価値提供の最前線と捉え、顧客に対する丁寧な接客と最善の提案ができる人を高く評価する制度です。
例えば、試験に合格するとスタッフ育成や店舗の課題解決を担う「フロントスペシャリスト」、顧客の応対エキスパートである「グランマイスター」などに認定されます。
ドコモショップのスタッフ対応が優れているのは、企業独自のマイスター制度がスタッフ育成に役立っているからでしょう。
まとめ
マイスター制度は、専門知識を有する人材を育てるための教育制度です。ものづくりや技術力に強みを持つ日本企業においては、後継者の育成が企業成長に不可欠といえます。そのため、近年になりマイスター制度に注目する企業が増えています。
マイスター制度は、マニュアル化しにくい技術の継承に優れており、熟練者のノウハウが共有されることで社内全体の生産性アップが図れます。ただし、いたずらに対象技能を増やしてしまうと管理に手間や費用がかかるため、自社に必要な認定技能を精査したうえで導入するよう心がけてください。
マイスター制度を正しく導入し、社内の人材育成を進めていきましょう。
参考:
厚生労働省|若年技能者人材育成支援等事業(ものづくりマイスター制度)
帝国データバンク|全国企業「後継者不在率」動向調査(2021 年)
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